13.小さな城

 

 艶やかな黒髪の兄。

 輝く茶髪のイマドキの弟。

背丈に顔の輪郭、雰囲気は似ていたのだが……。

(和人君……すっごい整った顔!)

『華がある顔つき』……と、言うのだろうか??

隼人にも和之にもない雰囲気の……若手アイドルのような顔だった。

(継母様に似ているって事!?)

そうなると、如何にこの子の母親が『華がある女性』かと言うことだ!

葉月の中で、また……何かが萎えてゆくようなそんな劣等感──。

 

 その生意気そうで長身の男の子が、兄が降りた車に乗る助手席に視線を向ける。

その男の子と、視線があって葉月は『どっきり』──。

「……」

視線があったのに男の子は葉月をジッと見つめたまま、言葉を発しない。

葉月もシートベルトを外して助手席を降りる。

「初めまして……葉月です。お兄様にはいつもお世話になっております」

そうして葉月がお辞儀をすると……

『ほら! 挨拶しろ!』

隼人が弟の頭を小突いたのだ。

「和人です! びっくり──外人さんかと思った!」

それで、話しかけられなかったのだろうか??

「余計な事言わないの。彼女はれっきとした日本人!」

「知っているよーー。親父がスペインとのクウォーターだって散々言っていたし!

だけど──彼女のお父さんはアメリカにいるんだろ? 小笠原の基地はアメリカっぽいジャン!

英語じゃないとダメかと思ったんだよ!」

お兄ちゃんに真っ向から突っかかっているところがなんとも……。

(あ。私に似ているかも……)

葉月は『末っ子同士』なんだか、通じる物を感じて苦笑い。

「お姉さん!」

いきなり『お姉さん』と言われて葉月は硬直!

お姉さん扱いは、余り慣れていないから……。

「親父が張り切っていたよ! 今日はご馳走だってさ! 楽しみにしていてよね♪」

グッドサインが向けられて、葉月は……変に作り笑い。

「有り難う……。和人君は今からお出かけ?」

自転車で走っていた所を見ると……そうなのだろうか?と、思って何気なく尋ねたつもりだったのだが。

「え? ああ、そう」

和人の表情が急に硬くなったのだ。

兄の隼人も気が付いたらしい。

「良く出てこられたな。親父にお母さんが止めなかったか?

お客が来るとでも言って、引き留めそうな感じだけどな……」

隼人も解っているのか、胸から深いため息をついた。

すると、和人も揃ってため息をついて自転車にまたがった。

「まぁね。兄ちゃん、良く解っているジャン」

「俺達が来たからって気を遣うなよ。どうせ、泊まるんだから。

彼女とデートか? せっかくの連休だモンな。行って来いよ」

隼人が真顔でそう言うと、自転車にまたがった和人は驚いたように瞳を開いたのだ。

「さっすが! 兄ちゃん! 言わなくても解ってる♪」

「夜には帰って来るんだろ?」

隼人が優しい眼差しを向けると、生意気だった和人の顔が急に無邪気に微笑んだ。

「ああ。ちょっと、遅くなるかもしれないけどね……食事に間に合わなかったらゴメン」

「ああ、構わないよ。な? 葉月」

「ええ……ちょっと残念だけど」

葉月が微笑むと、和人もちょっと気まずそうに俯いた。

「もし、そうなったら、お詫びに俺のお薦めアイスクリームを、お姉さんのおみやげに買ってくるよ」

「え!? そんな、いいわよ……悪いわ!」

「あー。いいじゃない? 和人、このじゃじゃ馬嬢様は『甘党』だ。頼んだぜ」

「女は甘党じゃなくちゃね♪」

『まぁ……』

葉月は思わず、その生意気さがおかしくなってクスリ……と、微笑んでしまった。

「兄ちゃん……やるじゃん! すっごい美人……親父が自慢するはずだって!」

和人が自転車に乗ったまま、兄を肘で小突きまくる。

隼人も、なんだか照れくさいのか黒髪をかいて素直に照れているだけ。

(こんな隼人さん……見た事ないかも??)

弟の前で気の良いお兄ちゃんな隼人。

「でも、なるべく早く帰ってこないと、お母さんが心配するぞ?」

隼人がそれらしく釘を刺すと……

和人は自転車のハンドルを握り、ペダルに足をかけて途端にふてくされたのだ。

「知るモンか……あの『クソばばぁ』 今も喧嘩して出てきた」

和人の言葉遣いに、葉月はビックリ……仰天したのだが……。

葉月は元より、隼人はもっと驚いたようだった。

しかし……何か解っているのか、お兄ちゃんは慌てない。

「そうか。解った……じゃぁ、お母さんは今、不機嫌って事か」

「ああ、要注意」

「……まぁ、帰ったら俺に顔見せろよ」

隼人も急に硬い表情で車のドアノブに手をかける。

そのお兄ちゃんの真剣な顔つきが和人には何か……躊躇う物があるのか?

お兄ちゃんの落ち着き具合に、今にも漕ぎ出しそうだったペダルから足を降ろした。

「それは、勿論だけど……ゴメンね、兄ちゃん」

生意気な弟のしおらしい声に隼人がまた、驚いたように顔を上げた。

「何言っているんだよ。お前が謝る事じゃないだろ? 俺こそ……」

そこまで言うと、隼人は弟から顔を背ける。

弟も俯く。

葉月は……お互いに言葉にしなくても、この兄弟はやっぱり血の繋がりがあって

通じ合って……お互いをいたわり合って……それで、解り合っている瞬間を見た気がした。

やっぱり……兄弟なのだと……。

気まずい空気が一時流れたのだが……

「これ? 兄ちゃんの車?? 小笠原からどうやって運んだのさ??」

和人がその空気を壊そうが如く、また、明るくチャラけたのだ。

「まさか! 彼女の親戚の車。彼女、鎌倉の出身だから」

「すっげーー! しかもオープン!!」

「和人君も、明日乗ってみる?」

葉月が、ニッコリ微笑むと、和人も嬉しそうに微笑み返してくれる。

「まじ!? 乗りたい、乗りたい! ベイブリッジ行こうよ!」

「わぁ。良いわね!」

葉月もそれは行ってみたいところだったので喜ぶと……

「じゃ。決まり。明日はドライブだ」

隼人も嬉しそうに賛成してくれた。

『じゃ! あとでね〜お姉さん!』

和人は自転車に乗ると、葉月に向かって手を振ったので、葉月もビックリ。

思わず、にっこり……手を振ってしまった……。

 

 「気が合うと思った」

二人で車に乗り込むと、隼人がニッコリ呟いた。

「うん、私もびっくり。屈託のない良い弟さんね!」

「俺より、葉月の方が、いろいろ解ってあげられるかもなぁ。末っ子同士」

「あ……。うん。私も末っ子だなって思った……」

隼人がため息をつきながら、エンジンをかけるキーを回した。

BMWは再び……坂の住宅地を緩やかに走り始める。

「いいな……隼人さんは。兄弟がいて……」

あの言葉なしで、通じ合った瞬間をすこし羨ましく思った。

3年ぶりの再会でも、全然……会っていない時間の感覚を感じさせない会話だった。

「そうだな……」

葉月が皐月姉を懐かしく思った瞬間を、隼人はそれだけ言って何も言わない。

穏やかな笑顔でステアリングを回すだけだった。

「俺の家に着いたら……お兄さんが買ってくれた洋服に着替えろよ?」

「あ、うん……」

そう、皐月姉はいないけれど……葉月には兄弟同然の従兄姉が三人いる。

葉月もすぐに笑顔に戻る。

 

 

 坂の住宅地……一番上、頂ぐらいの高さの所まで来た。

「着いた。さて──車、何処に停めさせてもらおうかな?」

葉月は茫然──。

助手席から、坂の下……横浜の海が一望できる景色に釘付け!

そして──運転席に顔を向けると……。

車を降りて、門のインターホンを押す隼人の向こう。

昭和の香りを匂わす、少し古びた大きな洋館のような家に茫然。

(やっぱり──おぼっちゃま!?)

ロイの家ほどの大きさではなかったが、古いと言ってもアンティークのような渋さがある。

外観は洋館、蔦の葉が壁に伝っていて何とも良い雰囲気。そして──芝生の庭。

庭には、ゴルフの練習を和之がするのだろうか? ネットが張られている。

後は花壇があるが見事な栽培! 今が盛りとパンジーがいっぱい咲いている。

洋風の塀にはピンクや赤の小薔薇が揺れている。

植えられている木が高台に吹く静かな風にそよそよと自然の安らかな音を立てている。

(すっごい、いい雰囲気じゃないのーー? ウチの鎌倉のように日本家屋かと思っていたのに)

葉月はただただ……茫然。いつも一緒にいる彼の『実家』

想像以上、予想外……落ち着きがなくなってくる!

道理で、あの和之が、英国紳士が如くに上品なはずだった。

きっと彼の父親の持っている感性自体が現れていると思った。

 

『お! 来たか……早かったな? タクシーで来たのか? 駅まで迎えに行くと言っただろ?』

インターホンから、聞き慣れた彼の父親の声。

「ああ。右京さんが車貸してくれて……彼女が電車に乗ると大変だろうからって」

『なんだって? それは気遣わせてしまったな!』

「そうなんだよ。とにかく──ガレージに入れられるかな?

親父も知っているだろ? 白いBMW。悪戯されたら困るから」

『解った……美沙の車を庭に入れよう』

そこでインターホンがプツリと切れた。

 

「ねぇ? 隼人さん……隼人さん、このおうちに15歳まですんでいたんでしょ??」

葉月も助手席を降りて、何か違和感があって……

隼人の制服の袖を引っ張った。

「え? 当たり前だろ? 俺が生まれた家だぞ?」

「だって……こんな家だなんて、全然教えてくれなかったじゃない!」

葉月の動揺を見て隼人は呆れたため息をこぼした。

「よくいうよ。ロイ兄様の家に、お前の丘のマンション。俺がどれだけビックリしたことか?

お前の方がすごいだろ? なに驚いているんだよ?」

「だって……だって。。」

葉月がそれでも隼人に何かを求めるように袖を引っ張ると……

隼人はただニッコリ、微笑むだけ。

「そう言うところが……葉月の良いところだよな?」

「え?」

隼人がサラッと、短い栗毛の頭を手のひらで撫でてくれた。

「隼人さんだって……同じじゃない? こんなお家に住んでいる雰囲気全然出さなかった」

「ああ、だって。俺、知っているだろ? フランスでのアパート暮らし。

あの方が性にあっていたからなぁ?」

「…………」

そうなのだ。葉月の隼人に対する印象というのは、フランスで出逢ったまま。

あのアパートで一人暮らしをする隼人個人のままだったのだ。

「葉月は俺個人を見てくれたって事。それとなく俺の実家のことを知ってもね。

だから……俺も、葉月の事は葉月個人で見ているつもりだけど?」

隼人がインターホンのボタンをいじくりながら……そっと照れたように俯くのだ。

「うん……そうね」

葉月もやっと目の前の隼人がいつもの隼人に見えて落ち着いてきた。

 

「いらっしゃい! 葉月君……疲れただろう?」

玄関から、いつものアスコットタイをした和之が出てきた。

(え、おうちにいても……アスコットタイしているの?)

葉月は『なるほど』と……元々お洒落な人なのだと納得。

しかも……葉月がフランスでお土産に選んだアスコットタイをしてくれていた。

「こんにちは。お父様、お言葉に甘えてお邪魔しに来ました」

「いやいや! 疲れなかったかい?」

和之が背の高い黒い鉄格子の洋風の門を開けてくれた。

「いいえ。騒々しい従兄が車を貸してくれたので……」

「右京君に悪い事したね? 鎌倉まで一人で帰ったのかい?」

「いえ。女の子とデートだから、電車で待ち合わせ場所まで行くと勝手に──」

葉月が笑うと、隼人は『こらこら』と、従兄の気遣いを粗末にする葉月にしかめ面。

「ははは! さすが、右京君だね。感謝しなくちゃね?」

「はい」

葉月が素直ににっこり……微笑んだ所で、和之がガレージへと向かってゆく。

ガレージは見事に……電動でシャッターの上げ下ろしが出きるもの。

「親父……美沙さんは?」

葉月は急に声が強ばった隼人の発した言葉に硬直。

「ああ、今、お茶の準備している」

「そこで和人にあった」

「ああ……会ったのか? まったく、ちっとも言う事を聞かなくて」

和之が呆れたようにため息をこぼして、シャッターが開くのを待っている。

「良いじゃないか? 俺がその日の内に帰るならともかく、家にいるんだから」

「まぁ……私もそうは思ったけれどな。葉月君がくるから挨拶をさせようと」

「彼女とも挨拶、ちゃんとしたよ。な? 葉月、すっかり意気投合だよな?」

まるで弟をかばうように隼人が……葉月に何かを促すように真顔を向けてくる。

「え、ええ。屈託がない弟さんで、すっかり」

「…………屈託がないというか、我が儘というか」

和之がまた……呆れたため息を……。

「末っ子は我が儘ですよ。私も、そうですから……」

葉月がそういうと……和之はなんだかハッとしたように我に返って……

「そうだ。葉月君も末っ子だったね」

「はい。屈託しすぎていますけれど」

葉月が笑顔で平気でいうので、とうとう和之が笑い出してしまった。

隼人まで……。

「いやー。葉月君には適わない」

「ホント、ホント」

父子が揃って明るくなったので、葉月もホッとして一緒に微笑んだ。

ガレージの中には大きめの日本車と、アイボリーのローバーミニ。

和之がキーを手にして乗り込んだのはローバーミニ。

どうやら、妻の車はその愛らしい車のようだったが……。

(お父様も似合ってるかも?)

アスコットタイをプライベートでもしている和之が乗り込む姿を葉月は思わず眺めてしまった。

そうしていると、隼人が右京のBMWを門の前から除けようとバック。

開いている広い門へと、和之がローバーを乗り入れて、芝生の庭に停車。

入れ替わりに……隼人が器用に、BMWをガレージに収めてくれた。

「これで安心」

隼人もホッとした表情で、従兄から借りた車をオープンのままガレージに入れて

シャッターをリモコンで閉めたのだ。

「さ。葉月君、おいで、おいで」

和之が薔薇が揺れる庭柵からにっこり葉月を手招き。

「まったく。どっちがここの子かわかりゃしないな」

隼人が荷物を肩に掛けながら、まるで娘を呼ぶが如くご機嫌な父親にため息。

「ふん。実家を避けていたヤツに言われる筋合いはないぞ」

「ああ、ああ。そうですね」

葉月はいつもの父子に苦笑い。

(うーん、でも……私もフロリダは……全然帰っていないわね)

そう、生まれ故郷の鎌倉さえ……。

いつの間にか、隼人との同棲生活が確立してきているような感覚に陥った。

和之に案内され……隼人の後を付いて……

葉月は芝庭に敷かれている石畳を伝って大きな玄関に辿り着いた。

(あーあー。どうしよう、とうとう来ちゃった。。)

このドアの向こう……。

どんな女性が待ちかまえているのだろう??

 

『お嬢〜。決戦って感じ』

 

ジョイの言葉が急に頭を過ぎって……葉月は一生懸命振り払おうと頭を振った。

 

 

 「美沙! いらっしゃったぞ」

 「ただいま……」

 玄関をくぐって和之が大きな声を出したのに対して──

隼人はくぐもった小さな声。

途端に冷たい表情に変わったので、葉月は冷や汗……。

しかも──

(えー。ロイ兄様のお家より、綺麗なんじゃないのーー??)

中は、まるで小さなホテルのような造り。

玄関も大きいが、まるでロビーの様な吹き抜けの広い空間。

目の前に、緩やかにカーブした白い手すりの階段。

『小さなお城みたい!』

葉月は思わず、回れ右をして帰りたくなった。

というよりか……和之が如何に、洋風好みかと言う事だ。

隼人が生まれる前の時代にこの家を建てたとしたらかなりの投資だったに違いない?

それともそれだけ、前妻・沙也加を愛していたという事なのだろうか??

もうだいぶ年季が入っているが雰囲気は『お屋敷』

 

「はぁい……ただいま」

その奥の扉から、そんなゆったりした甘い声。

葉月の緊張感は最高潮に達した。

だが、隼人から見るといつもの『無感情』に見えているに違いない。

顔だけはいつだって平静に保ててしまう哀しい性なのだ。

それどころか……葉月に負けない隼人の表情。

その上、隼人はその声を聞き届けると、サッサと黒い革靴の脱いで

一人、フローリングの床へ上がったのだ。

しかも、継母の到着も待たずに、ロビー横の立派な木造の扉に向かっていった。

『まったく……』

和之も解っているのか、そんな小さな小言を漏らして靴を脱ぐ。

「あ。葉月君……上がりなさい」

和之が丁寧にスリッパを足元に揃えてくれても……まだ、継母に挨拶がすんでいないから、

葉月はどうして良いのか解らずに……ただ、突っ立っているだけ。

 

廊下から飛び出してきた女性──。

しっとりとしたロングのニットワンピースを着こなし、

綺麗な黒髪の毛先はふんわりカールされて肩先で揺れていた。

にっこり……笑顔でぱたぱたとスリッパで早足で出てきた女性に葉月は驚き!

(やっぱり──!)

あの和人とそっくりだった。

やっぱり──女優のように『華がある』人だった……。

優雅さが漂う雰囲気は、まさに『社長夫人』

だけど、お洒落な和之と並んでも全然見劣りしない、妻と言ってもしっくりくる感じ。

しかも──若い!!

水沢真理姉様のように、美しいマドンナのような女性!

葉月は心でガックリ──。

(断然、隼人さんのタイプじゃない! 思った通りーー!!)

顔を覆って泣きたくなったぐらい。

心の中で『ジョイ、もうダメ』と呟いたぐらい。

ここに弟分がいないことに心細さが募ったりした。

そんな葉月の哀しい動揺をすっ飛ばす一言を彼女が発した。

 

「隼人ちゃん! おかえりなさい!」

 

(は、はやと『ちゃん』??)

葉月は思わず、眉をひそめてしまった。

だって……あの『冷淡な兄様側近』が『ちゃん付け』で呼ばれた!

基地の誰が、そんな事、そんな隼人想像が出来るだろうか??

唖然とした葉月に気が付いたのか……

「こら、美沙。お客様の前だぞ。改めなさい」

和之がまるで父親のように妻に厳しい一言。

それを聞いて、その美しい女性がハッとしたようにして……

葉月の前に立ちつくした。

 

「いらっしゃいませ……うちの隼人がお世話になっています」

屈託なく微笑んだその笑顔。

明るさ……。和人とも重なった。

彼が母親を『クソばばぁ』なんて言っていたけれど……。

(そんな事、言えない素敵なお母様じゃない!)

だけど、彼女が『うちの隼人』と言っても……『隼人ちゃん』と言っても

何か違和感が走るばかり……。

息子じゃないという違和感が前面から漂っていてそれは葉月にも感じた。

 

 「葉月──早く来いよ」

継母の迎えも、その恋人との大切な初対面の挨拶もそっちのけの隼人。

葉月は、予想もしなかった雰囲気に困惑!

(早く来いっていわれても……)

一緒に挨拶、紹介……。隼人には全然そんな気がないようだった。

先程まで、従兄のオープンカーで楽しく会話していた素敵な恋人は何処に行ってしまったのだろう?

まるで継母の存在を根っから否定しているかのよう?

葉月は、困惑しながらも……

『挨拶』だけは!

 

「初めまして。連休中のお休みの所、お言葉に甘えて参りました。

澤村中佐には……先輩、側近として大変お世話になっています。御園葉月です」

軍服姿でお辞儀をして、そっと頭を上げると……。

やっぱり素直な屈託のない笑顔は崩れていない。

しかも、優しい目元がジッと葉月を見つめていた。

 

「任務ご苦労様でした。うちの隼人が危ないところを助けられたと主人から聞かされました。

感謝いたします……。さぁ……どうぞ、お怪我されている身体でようこそ……」

優しいふんわりとした白い手が葉月を中に迎え入れようとしていた。

葉月が脱いだヒールを玄関の端に揃えようと腰をかがめると……

「まぁ……ダメよ? 肩が痛いでしょう?」

美沙がサッと床に膝を着いて座り込んだのだ。

その上……手際よく葉月の黒いヒールを揃えてくれた!

「あ。申し訳ありません……。お母様……」

お母様という雰囲気じゃない──どちらかというと『お姉様』と呼びたいのに……。

そうも行かない……複雑な目の前の光景。

「宜しいのよ」

(……すごく、優しそう……)

その上、屈託にないおっとりとした雰囲気。

(私と、全然反対──)

また、泣きたくなった……。

これじゃぁ……隼人が恋い焦がれていたといっても否定できなかった……。

 

なのに──

 

「隼人!」

和之が息子の彼女と妻の初対面を見届けて振り返ると……

もうロビーには隼人の姿はなく……リビングに入ってしまったようだった。

 

「……また、怒らせちゃったわね」

葉月の前で、美沙がまた屈託なく笑った……。

でも……哀しい瞳を葉月は逃さなかった。

 

「軍服、素敵ね? 大佐さんになられたそうでおめでとうございます。

軍服でそれだけ素敵だから、お洋服を着たらもっと素敵でしょうね」

また……にっこり、嫌みのない笑顔を葉月に向ける。

葉月は思わぬ言葉に、思わず頬を染めてしまった!

こんな素敵な誉め言葉……言われたことがなかったから。

大抵の……いや従兄ですら、ジョイですら……

『軍服なんかより、絶対お洒落な洋服!』

仕事以外では軍服姿の葉月を『否定』する。母だって……。

 

「あ、あ、有り難うございます。お母様も、お若くて素敵で驚きました」

そっと顔を染めて俯いても、こんな言葉が素直に出てきたから自分で驚いた。

『大佐』どころか……これでは小さなお嬢ちゃん状態だった……。

 

隼人は……出てこない。

 

美沙も、諦めたのかため息をつきながら、笑顔で葉月をリビングまで連れて行ってくれたのだ。