* 遅咲き *

TOP | BACK | NEXT

【WEB拍手 御礼SSシリーズ】
 
遅咲き[3]

 

 かなり気になる事がある。
 無頓着で研究一本の彼女が、『ある人』に自分から声をかけた。

 

 研究にしか興味がないような人が上司になった。周りの部下などいていないかのような毎日。
 一日中、ノートや資料にばかり向き合っているテイラー博士。食事もドーナツばかり。(最近は、ミネストローネがプラスワンメニューになった模様)
 アダム先輩が言うとおりに、本当に管理職やっているのかと、サミーはハラハラしていた。
 だから、サミーは気が付いたら先回りしてフォロー、フォロー! 『あれをやっておかないとマズイのではないですか』と話しかけてみると、彼女ははっとして研究世界から現実へと舞い戻ってくる。

『サミー、助かったわ。有難う』

 自分よりずっと大人でキャリアもあって、上司なのに。なのに、むちゃくちゃ可愛い顔をするんだもんな──。
 サミーはすっかりその笑顔の為に時間が回っているような気にさえなる。
 しかしそんな彼女に感化され、いつもだらだらと整理していたデーターをばばっとまとめられるようになった。なんだか急にやる気も出てきたりする。毎日が急に軽やかに爽やかに、そして熱く動き出したような気分。
 全部、彼女のせいだ。彼女にだけは見限られたくない。見限られないように頑張れば、彼女の為にもなっているんだ。そんな想いが強くなる。

 でもなあ。離婚したばかりなんだよな。

 彼女が赴任してきた時に既に分かりきっていた情報だけれど、こうして恋してから改めて考えてみると、すごい脱力感を感じる。
 どんな男性だったんだろうな。どんな愛し方してきたのかな。やはり別れた旦那にもあんな可愛らしい笑顔をみせていたのかな。どうして別れたんだろう? やはり、こんなに研究以外には無頓着な女性だから?? だとしたら許せないな。だって無頓着でも可愛いじゃないか──! なんて一人問答にいつのまにか嵌っている始末。

 それだけならまだしも。
 ある日、彼女の凛々しい白衣姿の背について、皆で工学科までミーティングへと中庭の渡り廊下を歩いている時だった。

「お疲れさま。ジャッジ中佐。如何されましたの? そんなところに立ち止まって──」

 サミーはぎょっとした。
基地一番のやり手男と有名な将軍秘書官である『ジャッジ中佐』に、彼女が気易く声をかけたからだ。

 ノートとペンと実験器具と薬品。そしてドーナツ。それだけしか見えていないのではないかという程に、部署管理も忘れ、部下も見えないほどに没頭している彼女が──『彼女から人に興味を寄せた』気がしたのだ。

 しかも、そんな顔。初めて見た気がした。
 彼女の『親しみの顔』ってやつをだ。

 でも基地一番の秘書官である彼を知らないはずはないだろう。ましてや、サミーがこの基地に来る前に彼女はここにいたのだ。知らないはずはない。それなら挨拶ぐらいは彼女でもするだろう? そう思った。

「貴方達は先に行って」

 ただの挨拶だと思ったのに……。人には無関心な彼女が、ジャッジ中佐の目の前で止まったまま動かなくなった。その嬉しそうな微笑みのまま。部下の男達を先へと急かした。

 後ろ髪引かれる思いで、何度も振り返ってしまうサミー。
 あんな博士の顔、みたことがない。笑顔でとても楽しそうに話しているように見える。
 中佐の肩章を持つ、青い瞳の大人の男を目の前に。いつだって颯爽として切れ者である基地で一番女の子達が『素敵』と噂しているエリートを前に……。あんな男が目の前にいたら、サミーなんて霞んでしまう。
『先に行って』となんでもない男として彼女の側からあっけなく切り捨てられる……。そんな存在なんだと噛みしめた。

 なんだろう。どうしてこう心を掻き乱されるのだろう。仕事関係に決まっているじゃないか。そう思いたい。

 なのになんでこうなるのか。
 恋しているからこそ、周りが見えなくなって、そして彼女の目の前に現れた男性が皆、『自分よりいい男』に見えてしまう。
しかもあんなエリートの色男がもしライバルだったら、もう……サミーは今ここで諦めてしまう事だろう。

 振り返ると彼女はいつまでも、ジャッジ中佐と良く喋っている様子。
 あの無頓着な人が。なにか懸命に話している様子は、今のサミーには……。

 そう思った時、サミーは踵を返していた。そしていつまでも親しそうに話し込んでいる二人に、そっと一言投げかける。

「ドクター、会議に遅れますよ」

 親しそうな二人の会話が止まってしまった。
 ……別にそこまで邪魔をする気はなかったのだ。

「サミー、すぐ行くわ」

 でも。あの可愛らしい笑顔が、サミーの目の前でぱっと咲いた。
 博士はジャッジ中佐と幾分か言葉を交わすと、さっとサミーの元へ帰ってきた。

「ごめんなさい。ママ博士がいた頃に親しくさせてもらっていたものだから。ちょっとね、仕事のことで今後も力になって欲しいとお願いしていたのよ」
「そうでしたか」

 『本当にただの知り合いの挨拶』だったのだとサミーは思う事が……。
 いや、やはり。なんとなく雰囲気が他の者と接している時とは違うという感覚が拭えなかった。

 

 そして勘は当たったのか。
 この日の夕方。愛しのテイラー博士の様子がいつもと違った。
ただぼんやりとしていて、横顔が泣きそうな目をしていたように見えた。何故なんだろう?
それが、とっても気になる事。

 

 

 

Update/2008.3.27(WEB拍手連載からサイトへ移行)
TOP | BACK | NEXT
Copyright (c) 2000-2008 Yuuki Moriya (kiriki) All rights reserved.